香港⇔中国行ったり来たり
2018年夏、香港にやって来ました。社会人になって21年。韓国ソウルに続いて2度目の海外赴任です。留学経験のあった韓国とは違い、今度は言葉も習慣もわからない未知の街で暮らすことになりました。赴任の内示を受けて、さっそく香港のガイドブックを買いに行こうとしたまさにその時、上司からかかって来た電話は「香港担当だけど、広州に半分居てもらうから」というものでした。つまり1年の半分183日以上を広東省の広州で過ごすということです。しばらく地方勤務をしていたこともあり、中国ビザの関係で歴代の担当者がそんな暮らしをしていたことをこの時初めて知りました。赴任してまもなく1年。中国南部地域も担当を広げながら、香港と広州を1週間に3,4日ずつを基本ペースに行ったり来たりを続けています。そんな私が見た中国境界の旅をご紹介したいと思います。
【高速鉄道できたはずなのに・・・】
*①「高速鉄道」
*② 広州南駅
この高速鉄道には香港・本土間の出入境手続きを香港側の西九龍駅内で行うという仕組みがあります。香港から広州に行く場合なら、まず香港側の出境手続きを行ったあと、その先にある中国本土のカウンターで今度は入境手続きを行います。香港内なのに、線の向こうは簡体字あふれる「中国本土」という、とても不思議な空間です。本来、香港は1国2制度のため中国の行政権は及ばないはずですが、ここは特別です。中国本土からの影響力が増すことを不安視する香港の民主派グループからは反発も起き、オープン当日には抗議活動も行われました。1つの場所で手続きが済むのは確かに便利ではありますが、香港の人たちにとっては便利さとはまた別の感情もある場所なのです。
*③西九龍駅内にある香港と本土を分ける線
*④
開通日には民主派グループが抗議活動を行った
【境界を列車で渡る】
前述した通り、香港と広州を行ったり来たりに高速鉄道はあまり使い勝手がよくないと認識した私は、移動にもっぱら「直通列車」を使っています。香港のホンハム駅を出ると広州東駅まで文字通り直通で行く列車です。ホンハム駅で出境手続きして列車に乗り込み、広州東駅に到着したところで入境手続きを行います。乗っているのはほとんどが本土の人たちです。大きなスーツケースに香港で買い物したものをぎっしり詰めた若者や家族連れ、ぐったり疲れ切って寝入っているビジネスマンもいれば、スマホゲームに夢中な人たちなど。最近はアフリカ系の女性たちが大きな荷物を持って乗り込む姿をよく見ます。広州にはアフリカ各地の人たちが集まる地区があり、中国との貿易に関わる人が多く住んでいることもあり、香港で買ったものを広州でさらに売ったり、自国に持ち帰ったりするために香港に買い出しに来ているようです。
ホンハム駅を出て1時間弱は香港内の地下鉄路線を走るためゆっくり走行します。街なかはぎっしりと高層ビルが建ち並ぶ香港ですが、駅を出て30分くらいたつと緑が目立つようになります。ああ、自然豊かな風景に香港にもこんな場所もあったのね!と思いながら窓を眺めるのは楽しい時間です。夕陽がさす運動公園でサッカーを楽しむ人たちや、学校帰りの子どもの手を引いて家路を急ぐ外国人メイドさん、夕涼みの散歩をするご老人など人々の営みを眺めているうちに、列車はさらにノロノロ運転を始めます。やがて境界の区域に入り、再び走り出したと思ったら、とたんにギラギラとまぶしい光が入ってきて深圳に入ります。目と鼻の先の香港と深圳ですが雰囲気がガラリと変わります。面白いのは、境界を越えるところで車内のゴミの回収が行われるところ。香港を出る前にお弁当を食べ終わっている人もいて(私もしばしば)、走り出して1時間足らずなのに結構な数のゴミが集まります。香港の車両では車内販売にスターバックスのコーヒーもありますが、中国の車両では、大きなたらいを持った売り子が手羽先を売りに来ます。車内食堂も連結されていて、車内で調理しているので熱々のチャーハンなど意外においしくいただけます。
*⑤食堂車内で売っているチャーハン
*⑥旧正月前の駅前は大きな荷物を持った人でごった返す
【歩いて渡る境界】
直通列車での国境越えは香港、広州のそれぞれの駅で出入境の手続きを行い、列車を降りることもないので、実際には「境界を越える」という感覚はやや薄くなります。それを実感できるのが、歩いて渡る方法です。香港と深圳の間には歩いて渡る境界がいくつかあり、私も時々利用しています。香港の北の端、地下鉄の「羅湖」駅は境界を渡る人専用の駅です。地下鉄を降りて出境手続きを行ったあと、橋を歩いて渡って中国側に入ります。境界にある橋を渡る所要時間は5分程度。周辺は緑が広がっていて、建物の姿はほとんど見えません。歩いて渡るのは不思議な感じです。香港側の地下鉄の駅構内は「最後のショッピング場所」となっていて、化粧品などを最後まで買い集める人たちでごった返します。夕方になると、香港側にある小学校から下校する本土の子どもたちが長い列を作る姿もよく見かけます。
*⑦香港から歩いて深圳側へ
香港と同様、1国2制度のマカオでも中国側の珠海との間で歩いて渡る境界があります。こちらは出入境の手続きを行う建物が並んでいて、そこを通過する方法です。カジノの街、マカオは日用品や食料品の物価が高いので、中国側で野菜などを買って持ち込もうという人たちの姿を多く見ます。珠海に住んで、マカオにあるリゾート施設で働くという人も多くいるようです。
*⑧野菜を持ってマカオに向かう人々
*⑨マカオ側の入口にはポルトガル語
中国政府は2019年2月、広州や深圳など広東省の9つの都市と香港、マカオの一帯で経済の一体化をはかる「大湾区計画」を発表しました。外国人の私にとって、同じ中国とは言っても、本土と香港・マカオを隔てる境界は依然としてとても大きく感じます。インターネットが自由に使える街とそうではない街、表現の自由が許される街とそうでない街、広東語を話す人たちと北京語を話す人たち。それでも日常的に中国本土と香港、マカオを行き来する人たちの姿を見ていると、「境界」は思いのほか小さく、また、ますます小さくなっているのだなと思えます。
2018年9月。香港には新しい高速鉄道が開通しました。広州までは最速47分。香港の九龍半島にあるホンハム駅から広州の中心地にある広州東駅まで直通列車で2時間かかっていたことを考えると、これは便利と思ったのもつかの間。広州に到着するのは「広州南駅」という市内の中心部までは1時間ほどの駅なのです。そしてこの駅は中国本土の大都市の駅にありがちな、空港か?と錯覚するほどに巨大な駅なのです。はたして、駅の中では中国全土からごった返す旅行客に混ざってひたすら出口を探してさまよい歩くことになります。そして、日本人など外国人にはやっかいなのが、チケットを入手する際にパスポート番号の登録が必要なこと。身分照会をするので、乗車40分以上前には駅に着いてチケットを発券しておく必要があります。そう考えると日本の新幹線のような「ぱっと飛び乗れる高速鉄道」というのはありがたい存在なのかもしれません。